議長(倉田寛之君)
 討論の通告がございます。順次発言を許します。山根隆治君。

   〔山根隆治君登壇、拍手〕

山根隆治君
 私は、民主党・新緑風会を代表して、内閣提出の国立大学法人法案に反対の立場から討論を行うものであります。

 冒頭、我々民主党は、文部科学省による不要な監督から国立大学を切り離し、各大学の独自性と自律性に基づく発展を促すという立場にあることを明らかにしておきたいと思います。

 しかし、本法案は、遠山文部科学大臣が提案理由において述べられたような、自律的な環境の下で国立大学をより活性化し、個性豊かな魅力ある国立大学を育てることを具現化した内容ではありません。百年に一度の大学改革をうたいながら、その実は、国立大学に対する官僚支配をこれまで以上に深め、学問の自由と大学の自治を根本から奪いかねないものと指摘せざるを得ません。

 まず、本法案は各国立大学法人の運営の骨格を成し、その基本的価値観を定義付けると言ってもいい中期目標について、これを文部科学大臣が定めることとしております。大学が目指すべき目標を文部科学大臣が、しかも財務大臣との事前協議の上でこれを定めるなどとすることは言語道断で、これほど大学の自治を攪乱する愚挙はありません。

 さらに、後の運営交付金の多寡にも大きく影響する国立大学法人への評価について、これを文部科学省に設置される評価委員会が行うとされております。しかし、大学の目標設定と事後評価に文部科学省が深く関与することとなれば、正に入口と出口を官僚が握ったままの大学改革であり、官僚天下りは数百人規模かとも既に報道されているとおり、新たな天下りの温床を生むこととなるのは明白なのであります。

 巧妙に仕掛けられた天下り創造システムが幾重にも張り巡らされた本法案は一体だれのためのものなのでありましょうか。正に罪科重畳であります。遠山大臣、あなたが委員会答弁で度々まくら言葉のように口にされる我が省はという言葉を聞くたびに、私には、我が省益は、我が省益は、そう聞こえてならないのであります。

 遠山大臣、あなたが本議場において触れられた二十一世紀は知の世紀という言葉の概念について、委員会で私と論議したことがありましたね。あなたと私との知の概念の違いは、あなたは欧米を物差しとしているのに、私はアジア的な哲理を基準としていることにあったように思います。

 シュペングラーの「西洋の没落」は大正十一年に書かれ、その後、西洋の合理主義の限界を訴え続けた自民党の総理・総裁であった大平正芳さんが物故された後に、その思想、理念の賛同者だった知識人が「近代を超えて」を上梓したのは昭和五十八年でありました。政治、軍事ではいまだ圧倒的な影響力を欧米が持っているのは事実ですが、古代の世界四大文明の地域には四千年から六千年の歴史があり、知の宝庫であります。西洋文化、文明にもまだ多くの学ぶべきものがあるのも確かですが、コロンブスがアメリカ大陸を発見したのは一四九二年のことで、このころをヨーロッパ人が世界を席巻し始めた時代ととらえるならば、世界史の主役となってからまだ五百年にすぎず、数千年の歴史で蓄積されてきたアジアや古代文明発祥の地域の方にこそ知の底知れぬほどの力が蓄えられているに違いありません。

 現代を権柄ずくにする欧米のきらびやかさにだけ眩惑されるべきではありませんが、あなたの信奉されているこの欧米においてさえ、大学の中期計画を国で事実上練り上げるという例は見付かりません。

 この際、政府は、アジア的な謙虚、忍耐の徳をもって、もう一度我が国の教育の歴史をひもとくべきではありませんか。江戸末期には、我が国は既に誇るべき一流の教育水準を持っていたこと、そして全国各藩で自由な教育が伸び伸びと行われていたことに思いをはせてもらいたいものであります。

 我が国は、儒教や道教、仏教などアジア諸国が持つ宗教や哲学、民俗信仰など多様な価値観を受け入れ、社会に融合させてきた民族であります。寛容で伸びやかな価値基準こそ我が国の誇るべき伝統的文化であります。内閣提出の本法案は、こうした我が国の文化的蓄積、歴史に対する冒涜でさえあると言えます。

 我々民主党は、二月に政府案が提出されて以来、その問題点を厳しく追及し、果たして委員会において実を結ばせることはできませんでしたが、修正案を提出して、改革を真のものとすべく、与党や文科省とも粘り強い交渉を行ってまいりました。民主党修正案は、中期目標の策定主体を各大学に移すことに加え、評価の多様性、教育研究面における大学の自主性などの確保を骨子とするものであり、その発表以来、多くの大学関係者や一部報道機関などからも高い評価を得たところであります。

 我々は、政府案反対、徹底審議継続要請のメールやファクスを、連日、過去に類を見ないほど大量に受け取っております。延べ数千人の有識者や大学関係者が賛同し、カンパを基にして全国紙に国立大学法人法案の廃案を訴える意見広告、これが四次にわたり掲載されました。大学職員、有識者がこれほど一致して反対の声を上げているにもかかわらず、一顧だにしない政府・与党の姿勢に私たちは強い憤りを覚えるのであります。

 また、委員会審議を通じて、法案が審議中であるにもかかわらず、文科省が各大学に対して事細かな法人化への準備をさせていることも明らかになり、幾ら弁疏し、籠絡した答弁で言い逃れようと、国権の最高機関である国会の権威をないがしろにした文科省の態度は許されるものではありません。我が参議院の議論の場で幾度となく委員会が紛糾、停止し、大臣の陳謝も三回に及ぶなど、異常な審議経過をたどり、政府の拙速のあかしとなったことも併せて指摘しておかなければなりません。

 本法案は、余りに省益に走り、国立大学を文科省立大学にするという欺瞞法案と断ぜざるを得ません。数の論理で押し切られ、仮に本法案が成立したとしても、私たちは自公保連立政権に白旗を掲げるわけにはまいりません。来るべき総選挙に勝利し、きっときっと近い日に民主党を基軸とした政権を樹立し、改めて大学の自治と学問の自由を奪い返すことを大学関係者と国民の前に誓いながら、本法案反対の討論といたします。(拍手)