| 会長 関谷勝嗣氏 |
| 国際問題に関する調査を議題といたします。 本日は、本調査会の調査テーマである「新しい共存の時代における日本の役割」のうち、イスラム世界と日本の対応について、海外派遣議員から報告を聴取した後、意見交換を行います。
本日の議事の進め方でございますが、まず私から総括的な報告をいたしました後、参加された方々からそれぞれ十分以内で順次御意見等をお述べ願います。その後、これらの報告を基に、委員の皆様方で午後五時ごろまでを目途に意見交換を行いたいと存じます。
山根隆治君、お願いいたします。 |
| 山根隆治 |
| 私は、今回の視察では三つの問題意識を持って臨みました。
一つは、イスラム教というものが中東においてどのように国民に根付き、そして花開いているかということが一つです。それからもう一つは、アラブ諸国がイスラエルとの融和ということについてどのように考えるのか、その解決の糸口というものを何とか見いだせないだろうかというふうな思いを持っておりました。そして三つには、対日観、日本に対してどのような思いをそれぞれの国の指導者なり国民が持っているかと、そのことを意識して視察をしてきたつもりでございます。
まず、イスラム教の問題につきましては、非常にこの調査会の中でも寛容性に満ちたものであるというのが専門家の先生方からもお話を聞かせていただきましたけれども、この認識というのは私も訪問をいたしまして共有できるものだということを確認をいたしました。
思えば、イスラム教も世界宗教者平和会議というのが既に数年あるいは数十年開かれておりますけれども、ここにもすべて参画をいたしておりますし、世界的なやはり宗教というのは寛容性がなくてはいけない、つまり他の宗教に対してそれを共存していく、そうした理念というものがなければ世界宗教になり得ないというふうな私は感じを抱きました。これは、キリスト教においてもバチカン公会議で当時のパウロ六世でしたですか、その歴史を反すうするところとなって、異教徒をバチカン公会議に招いたという事実もございますが、世界の大宗教と言われるすべての宗教がそうした今寛容性というものを持っているということを改めて確認できたことが非常にうれしい思いをいたしたところでございます。
それから、イスラエルとの融和の問題につきましては、この議事録、記録の中にもございますが、レバノンのハンムート外相に対して私は次のような質問をいたしました。
中東の各国の政治指導者の方々にもお話を聞きますと共通のものでございましたが、イスラエルとの融和を図るのには、まずイスラエルが国連の諸決議というものを遵守する、そのことが大前提だということでございまして、これは我が国の多くの識者、そして私たち政治家も共通の認識を持っているところだと思います。しかし、私が外相にお伺いしたのは、国際的にもそのような思いを持つ国あるいは指導者が多い中で、なぜそれが遵守できないのか、オフィシャルな表明をしていること以外にもっと心の奥底に何がしかの事由というものがあるのではないか、そういう質問をいたしました。
それに対して外相の答えはこうでございました。それは、イスラエルは選民思想を持っていて、ほかの民族をべっ視している、そういうふうに自分は思う。そしていま一つは、平和というものを享受したことが余りない。つまり、平和の意義というもの、価値というものが少し理解が足らないのではないだろうか、そうした発言がございました。
これにつきましては、私自身、受け入れてまいりましたけれども、しかし、今回はイスラエルを除く中東の国々への訪問でございましたので、できるならば、また別の機会にイスラエルを訪ね、そこで様々な思いというものを是非聞いてみたい、そういう思いをいたしたところでございました。
三つ目の問題認識といたしましては、対日観の問題でございましたが、日本に対しての思いというのは非常に熱いものがございました。つまり、感謝と同時に期待というものもありましたし、日本が明治維新をなしたということについての尊敬の念というものを口にされることもございまして、おしなべてすべての国から尊敬の念を持たれているということを改めて認識をいたしました。
特に、この際、改めて私からも申し上げておきたいと思いますのは、レバノンのハリーリ首相からは、今年の十二月にパリで開催を予定されている支援会議、レバノンに対しての支援会議に是非日本からも出席してもらいたい、そして私たちの思いは、この国を、レバノンを是非経済的に支援して立ち直らせてもらいたい、こういうことでございました。この点については、団長を始め我々もしっかりと受け止めさせていただく、うちの首相にも、日本国の小泉首相にも伝えたいということをお話をさせていただきまして、日本への円借款への思いというものを熱く語られたわけであります。
国の訪問とは違いますが、ゴラン高原に足を伸ばしまして、PKOのUNDOFで活躍している自衛隊員を私たちは激励に行きました。そこで、現地のレナート司令官から、大変に日本の自衛隊は士気も高く優秀であり精勤しているという高い評価を得ていたことを知りました。大変心熱くしたものでございます。この日本への見方、考え方、期待というものは各国共通したものでございましたので、私たちはこのことをしっかりと、帰って調査会の場において改めてお伝えしたいということをあえて私から改めて申し上げたわけであります。
さて、私たちが訪問した各国は歴史の長い国、四千年あるいは六千年の歴史を持つ国々でございます。これからの世界の平和ということを考えていった場合、先ほど山崎委員も触れられましたけれども、西欧の近代化される過程で培われた歴史観というものを私たちはかなり大きな影響を持っているわけでありますけれども、もうこの辺でやはり長い時間の単位で世界の平和や国の繁栄というものを考える、そういう時期に来ているのではないだろうか、そんな気がいたします。
例えば、宗教でいいますと、仏教ではその歴史というものを五百年単位で、あるいはまた釈尊が亡くなられて二千五百年、その間を正法、像法、末法ということでの思想でそれぞれ八百年単位で時代を区切るという大きなスケールがあります。私たちは、そうしたスケールというものを持ってこれからの日本のありようというものを考えていく時代に今差し掛かっているというふうに私は思っております。
例えば、欧米が今世界をリードしてきましたが、この五百年間、十六世紀にはスペイン、ポルトガル、十七世紀ではオランダ、十八世紀ではフランス、イギリス、そして十九世紀ではアメリカ、ロシア、イギリス、そして二十世紀アメリカがこの人類を支配をしてきたということが言えるかと思いますけれども、もう私はそうした欧米による世界支配というものはそろそろ終えんに近づいているのではないかというふうに思えてなりません。
例えば、シュペングラーが「西洋の没落」を書いたのが一九二二年でありますけれども、我が国においても「近代を超えて」という著書を識者が著して、つまり大平元首相が近代の概念というものを、それを超える新しい理念というものを示していくべきだということで、大平総理が亡くなられてから、学者、文化人が集まって「近代を超えて」という本を上梓したわけでありますけれども、これが一九八三年、およそ二十年も前になるわけであります。
私は、今こそ我が国が徹底した宗教、文化の寛容性、重要性、多様性といった特性を持つ国民性というものを世界に役立たせる、そんな時代が来ているのではないかというふうなことを改めて思ったわけであります。
私の私的な訪問記というのは私のホームページにも書きましたので、また別の機会に皆さんにごらんをいただければ有り難いと思います。
時間でございますので、終わります。
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| 山根隆治 |
| まず、イスラム教が価値観が一つだという前提というのがどうなんだろうかというふうに思いました。
一つの、キリスト教であれ、ほかの宗教であれ、価値観が一つ、じゃ一つとは何なのかというのが非常に微妙に分かりづらいところがありますが、ただ一神教ということではそういうことは言えますけれども、価値観は一神教の中でも生活からあらゆる分野にわたる中で一つの物差しですべてが語れるというふうな単純なものではないだろうということ。つまり、イスラム教、今多様性がかなりあるということで、私たちは寛容な宗教ではないかという印象を持ったということを是非ひとつ御理解いただきたいと思います。
それから、イスラム教徒の狂信性というか急進的な行動はどこから生まれるのかということについては、宗教者の方からもいろいろと御意見聞かせていただく中で、それは一部の人たち、過激な人たちはどこの宗教あるいはどこの国でもおられるだろうということで、かなり急進的な行動を取られる人たちに対しては厳しい批判を逆にされていたということが一つございます。
それから、少し広がって恐縮ですけれども、文明の衝突ということについては、先ほど会長の報告でしたでしょうか、ございましたけれども、それは、一つの文明というのはいろいろな小さな文明も含めて取り入れる中で成り立っていく、築き上げられてきたものでございますから、必ずしも私自身もハンチントンの文明の衝突ということについてはそういう理解をしていません。つまり文明は、必ず三つの文明はこれからぶつかるという彼の理論、論理というのは少し余りに政治的過ぎるのではないかというのが私の見方で、彼の歴史観というかは私は間違っているんだろうというふうに思っております。世界がやはり寛容な文化、特に多様性というものを持つ中で、やっぱり平和の構築というのは私自身は可能だろうというふうに思っています。
それから、私たちが訪問した国々の中で、これから中心的な役割を担う国はどこなのかということについては、シリアも相当な歴史、四千年か六千年、六千年ぐらいでしょうか、シリアはあります。その中で非常に困難も乗り越えてきた国でありますから、私はそれなりの役割をこれから政治的にもあるいは軍事的にも果たしていくだろうと思いますけれども、やはり中東の中で一番大きい国ということでは、西洋との接点もあり、それなりの大国であるのはやはりエジプトだろうというふうに思っております。
少し話が広がりましたけれども、感想を含めて申し上げました。
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