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2010年 9月 2日 やまねりゅうじメールマガジン 「幹事長室の陳情処理」 「代表選挙について」他

 2010年 9月 2日 やまねりゅうじメールマガジン 「幹事長室の陳情処理」 「代表選挙について」他

◇憧れの人を前に(8月28日)

去る27日、芸団協(日本芸能実演家団体協議会)からの陳情を、筆頭副幹事長として受けさせて頂いた。
陳情内容は、端的には国から一層の支援を、というものであった。普通、地元陳情などでは、精々、1??2名
のわが党の同僚議員が同伴してくることはあるのだが、この日は中野寛成元衆院副議長、横光克彦組織委員長、
岡崎トミ子参院議員、簗瀬進前参院議員など、錚々(ソウソウ)たる先輩議員がズラリと並ばれた。

皆さん芸術振興議連のメンバーとのことであったが、受け手は私一人であり、諸先輩の威光にかなり緊張し、
「ハイ解りました」を連発していたような気がする。

加えて40年前、憧れていたピアニストの中村紘子さんも来られていて、"ドキドキ状態"を悟られないよう
平静を装うのに実はもうイッパイッパイだった。中村さんは自己紹介され「ピアニストの中村です」と言われ
たので、「ご主人の本は何冊か読んでいます」とお応えしたのだが、「中村先生の本も読んでいます」と言え
ば良かったと今は、少し後悔している。

作家でご主人の庄司薫さんは自分の著書の中で『ピアニストの中村紘子みたいな美人が・・・』と書き、そ
れが中村さんの眼にとまり、確か中村さんの方から会われることを申し入れたように記憶している。私は、当
時、結構、庄司薫に嫉妬していたのだと思う。

その中村さんと言葉を交わせるとは思ってもみないことだった。陳情の件が終わると同じ陳情団の何人かが、
幹事長室を出ずにそのまま、中村さんと記念写真を撮っていた。そこで、私も『お願いします』と口腔溢れる
ような思いだったが、『それでは軽く見られてしまう』と自己抑制が強く働き、断念した。公私を分けた自分
を『大人だったな??』と評価する自分と『無理しちゃって??』と茶化す自分が葛藤している。


◇幹事長室の陳情処理(8月30日)

新しい議員室の事務所は、以前に比べ2.5倍となったが、この事をマスコミからは批判されている。

旧会館のつくられた時代は公設秘書は二人、今は一人増え三人となっている。そして現在のようにファック
ス、コピー、シュレッダー、印刷機等の備えは想定していなかったこともあり、使用する側としては、かなり
窮屈で仕事にも支障が出ていた。来客も待機して頂くのは精々、一組分しかなく、あとは廊下で待ってて頂く
しかなかった。

予算編成期の今、全国から沢山の要望書が送られてきていて、この対応に苦慮しているところだ。特に私の
担当する国土交通省分は数も多く、大量の書類を広げて事務的整理をする場所が以前だったら、どこかの会議
室等を借りなければならなかったが、お陰様で今は、広くなった応接室でダンボール2箱分の書類を自分の事
務所で捌(サバ)いている。党本部→省庁別担当副幹事長(議員会館の事務所)に届けられる要望書の数は、
1万に迫る数量となってきていて、今や、この処理が幹事長室のメインな仕事となってきている。

党代表選の後、新しい人事を決められるのだろうが、それまでの間、現メンバーでルーチンワーク(日常的
な業務)だけでも精一杯のことをやっておかなければと思う。


◇深刻な陳情(8月31日)

私は私生活では"貧乏なんてどうってことない。いつか良くなる""何とかなる"そうずっと思い込んで政治活
動をやってきた。だから私は市議会議員時代は、女房は辛い思いをしていた筈だが、自身は"武士は食わねど
高楊枝"の気分で痩せ我慢していた。実生活は、銀行の口座はいつもゼロではなく、マイナスだった。つまり、
世間並以下の経済生活だったと思う。それでも種々のアルバイトをしたりして、"何とかなる"ではなく、何と
かしてきた。

翻って、昨今の陳情は、当時の私、あるいはそれ以下の生活を余儀なくされている方が激増していて、深刻
な暮らしの相談ごとが多くなってきている。県会、国会議員となってからは、私に対し、暮らしの相談事は市
民の皆さんは遠慮されていて少なくなっていた。しかしここにきて、世間の様相は変わってきている。多分、
市議会の先生方の所へは溢れるような金銭をはじめとする生々しい暮らしの相談事が押し寄せているのではな
いだろうか。

私自身は地域現場での要望に対処しつつ、国策としての雇用、経済対策でしっかり政策づくりなどの役割を
果たしていかねばと、思いを新たにする昨今である。


◇代表選挙について(9月1日)

今日9月1日、愈々、菅、小沢両雄による民主党代表選挙がスタートを切った。願わくば、ご本人だけでな
く支援する人々も含めて政策論争に徹してもらいたいと思う。

私は所属する旧民社グループの中で連日、対応を協議させてもらっている。果たして、どういう結論となる
か判らないが、お二方の政策を聞いた上でグループとしての結論を出すことにしている。当然、私自身も幹部
の一員としてその結論に従っていくつもりだ。

従って未だ自身の結論は出せないでいるが、私を支援して下さるサポーターの皆さんには、できるだけ早く
私の意志をお伝えすべきだろう。投票用紙が皆さんに届くのが9月3日頃となるようであり、9月6日がギリ
ギリのタイムリミットではないだろうか。その時、菅総理か、小沢前幹事長かを私は選択して何らかの形で意
思表示をしたいと思う。

グループ内の議論は活発に行われているが、まだ自身の結論を言う者は少ない。


◇合同葬儀に参列して(9月2日)

先月、埼玉県秩父市大滝地区の山岳事故で遭難者の救出に向かい二次災害に遭い、殉職した1人の消防隊員
と2名のヘリ操縦士、2人の県防災航空隊員の県主催による合同葬儀に参列させて頂いた。

厳かな中で行われた葬儀の中で私は唯々、殉職された5人の方々のご冥福、そして残されたご家族に幸多か
らんことを祈るだけであった。

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