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2012年 1月26日 やまねりゅうじメールマガジン 「歴史からの眼」「睡眠について」「次の世の楽しみ」他
2012年 1月23日 やまねりゅうじ外務副大臣のアフリカ・中東出張
2012年 1月19日 やまねりゅうじメールマガジン 「ニカラグア訪問」「キューバ訪問」他

 2012年 1月26日 やまねりゅうじメールマガジン 「歴史からの眼」「睡眠について」「次の世の楽しみ」他

◇グアテマラ訪問(1月20日)

 13日には、グアテマラでコロン大統領とお会いした。実は、11日のニカラグアのオルテガ大統領の就任
式の時、待機していたホールで既にお会いし、ご挨拶をしていたのだが、改めて国家文化宮殿において表敬訪
問させて頂いた。翌日、新大統領へバトンタッチすることとなり、現職大統領としてお会いするのは、この日
が最後ということになる。夜の晩餐会にも招かれ、私は握手してお別れの挨拶をさせて頂いた。大統領として
最後のスピーチとなる晩餐会でのスピーチでは、「明日から朝の5時に起きなくても済むことになる」とユー
モアを交えて語り、その表情は、間もなく訪れる大統領職からの離任に伴う解放感を待ち望むようにも惜しむ
ようにも見ることができた。

 コロン大統領への表敬訪問前には、わが国が草の根人間安全保障として資金協力した孤児院を訪問させても
らった。ここでは子供達からの歌や踊りでの歓迎を受けたが、子供達の表情が皆、明るいのには驚かされた。
これは国民性なのかもしれないが、日本で同様の施設を訪問させてもらったことがあるが、皆、一様に静かで
控えめだった。

 14日は、コロン大統領からバトンタッチし、午後には新大統領に就任するペレス・モリーナ次期大統領を
表敬訪問させてもらった。超多忙なこの日、私との会談を快諾して頂いたのは有り難く、日本大使館員の努力
の成果ではあるが、それは、とりも直さず、この国の日本への思いと評価があったればこそのことである。当
初、予定された時間を大幅に超えて、表敬訪問が実質的な会談となった訳だが、2国間問題について私から数
点、問題提起させて頂いたら、直ぐに具体的な答えがメモも見ず返ってきたのは驚きだった。恐らく事務方か
らも相当なレクを受け、私との会談に挑んで頂いたのだと思う。


 昼にはグアテマラ在住の日本人の皆さんと情報交換、意見交換させて頂いた。メンバーは商社の方、建設会
社の方、JICAの方、日本人学校の方、そして染色工芸をされている方々であった。特に、染色研究家の兒
嶋英雄さんからは、マヤ文明を深く研究されてもおられ、とても興味深い話を種々、聞かせて頂けた。

 マヤ文明に在る5000年に及ぶ暦によると、昨年はマヤ暦最後の年となり、今年から新たな年が始まるの
だそうだ。日本では一部、それが間違って伝えられ、これで人類が滅亡していくと解釈されてしまっていると
いう。

昨日、今日と、東京でPLOの方やアラブ諸国大使の方々と連続してお会いしているが、その際、私はこの話
をご紹介し、「新しい時代が始まるのだから、イスラエルとアラブとの関係、そしてパレスチナの問題も良い
意味で新たな展開に拡がってくれることを期待している」といった趣旨の発言をさせて頂いている。

 さて、兒嶋先生は博識で、次から次へとマヤ文明から波及し、現在の種々あるグアテマラ文化について話さ
れていったが、私には一葉のメモをお渡し下さった。

 それは、“絶品スープ”“Depian”の食材を書いたもので、次の文字が記してあった。

 ・鳥か豚の肉 ・ペピトリア(カボチャの種) ・インゲンマメ ・ジャガイモ ・ハヤトウリ ・干成り
トマト(ミルトマテ) ・ニンイク ・乾燥ピーマン ・タマネギ ・コリアンダー(パイナー) ・パン
 ・トルティヤの黒焼きをすりつぶしたもの

 世界三大(四大?)スープと言われるのは、ブイヤベース、トムヤムクン、ボルシチ、フカヒレスープだが、
私は昼食で出てきたこのスープは本当に美味しく、世界5大スープに入れても決して大仰ではなく、充分、評
価して頂ける逸品であると思う。

 このDepianがいつグアテマラでつくられ伝承されてきたのか聞きそこねたけれど、食文化も含め、こ
の国の文化の深みを改めて噛みしめさせて頂いた。

 さて、午後には予定時間を90分程過ぎたところで愈々、ペレス・モリーナ次期大統領の「神の意志、国民
の意欲で変革が始まります」という1時間に及ぶ名演説が始まった。

 前々日に聞いたニカラグアのオルテガ大統領の就任演説は、やはり1時間程に及び、どちらかと言うと国民
大衆に向けた扇動的なものであったが、グアテマラのペレス・モリーナ大統領は、よく練られた具体的政策を
盛り込んだ格調の高いものであったように思う。

 特に当面、半年間は治安問題に集中的に取り組み具体的成果をあげる、との訴えは、我々が到着した前日、
現職国会議員が暗殺されたばかりでもあり、生々しく説得力をもって聞こえた。

 内戦が終息した後、兵士が働く場を失い、残った武器を持って犯罪に走ったり、コロンビア等で麻薬の追放
運動により追い詰められるようにグアテマラに入った麻薬犯罪人等がこの国で再び犯罪を重ねる状況は、かな
り深刻な事態に立ち至っている。

 先ずは治安の回復を果たすことから、この国の再生が始まるのだと思うが、国民の勤勉性や潜在的に有ると
言われる理数系の能力から、将来への飛躍の芽が私はこの国に在るのだと思う。

 新大統領の手腕に期待したい。


◇歴史からの眼(1月23日)

 アフリカ、中東の問題についてそれぞれ種々の視点からの本を年末から年始にかけ数冊ずつ読んでみた。今
でこそアフリカ諸国は内戦が収束しつつあるが、長い間の内戦で何十万、何百万人という人々が生命を落とし
ている。

 この原因は、その国自身の問題というより、どの国とは私の立場では書けないが、明らかに他国の干渉にそ
の主因があったと私は言えると思う。これはイスラエルとパレスチナの問題についても同様である。

 今、そのことを論じても仕方ないが、しっかりと頭の片隅に静かに置いておこうと思う。


◇マイク・タイソンの近映(1月24日)

 ボクシング元ヘビー級チャンピオンのマイク・タイソンを久しぶりにテレビで見た。現在はすっかり昔の面
影は失せ、穏やかな表情を見せていた。変心について本人が語っていたのは、ご自分の子供さんが4才の時に
亡くなり、「それから私は変わった」とのことであった。大きな不幸がタイソンの大きな変心につながったが、
さぞ辛い出来事だったと思う。個人の人生には様々な出来事があるけれど、不幸な出来事でヒネクレた人生を
送る人もいる。けれどタイソンのような人もいる。私はもちろん、後者でありたいと思うけれど、できるなら
凶事は経験せずに過ごさせてもらえばと願わずにいられない。


◇睡眠について(1月25日)

 時差の影響なのだろうか、17日に帰国してからグッスリといつものように6時間熟睡できたのは、1日だ
けである。あとは2〜3時間熟睡してから又、数時間後に1〜3時間眠る、というパターンの睡眠のとり方に
なっている。果たしてこれで良いのかと不安になるが、身体の成り行きに任せて置こうと思う。

 世界には睡眠ゼロ、という人が何人かいて、実際の人物をテレビがずっと何日間も追いかけ続けて、やはり
本当らしいという結論の映像を見たことがある。仏典では、お釈迦様の説法を聞いていてついつい眠ってしま
ったお弟子がいて、その事を大いに後悔し、以後、決して眠ることがなかった、という出家者がいたという。
結局、この方は盲目の人となったが、悟りを開いた、という話であった。

 私は欲深い人間だから、食べることや眠ることがたとえ無く暮らせるとしても、眠りと食事は求め続けたい
と思う。


◇次の世の楽しみ(1月26日)

 「これを持っていって」と言ってお守り替わりにおもちゃのペンダント風のものを、孫のアカリとハナから
もらった。

 2人にとっては大切にしている“お宝”のようなものなのだろう。前回出張の時は、ハナからだけだったが、
今度、2人揃っての贈り物となった。「絶対に持っていって」と言うので常時持ち歩いているバッグに既に入
れておいた。海外出張先で夜、1人だけの時間となる時、最初に頭に浮かぶのは、やはりこの2人の顔だ。

 見送りの時、50メートルも100メートルも車を追いかけて歩道を走り、「バイバ〜イ」と叫び続けてく
れる姿は生涯の嬉しい出来事として、ずっと私の脳裏から消えることはないだろう。

 「孫は可愛いでしょう」とよく聞かれるが、どうしてどうして、子供が小さかった頃は、やはり同じように
可愛かったし、かわいがっていた。今では息子は30才、娘は27才であり、“可愛い”という感覚ではない
のだが。

 孫のいない時は犬と猫がいたし、いつも身近に愛する対象がいることで、幸福感というか癒される感覚を持
つことができる。いずれ孫達も自立心を持って心は離れていくだろうが、その時、どうしようかと考えてみる
が、自分の年齢を考慮すると、生き物はやはりもう難しいだろう。

 本当はお猿さんとでも暮らしてみたい憧れは少しあるのだけれど、これは来世の楽しみにとっておくことに
した。
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 2012年 1月23日 やまねりゅうじ外務副大臣のアフリカ・中東出張

 1月24日(火曜日)から2月2日(木曜日)まで,
やまねりゅうじ外務副大臣は,エチオピア,イスラエル,パレスチナ自治区,ヨルダン及びアルジェリアを訪問する予定です。

 山根副大臣は,エチオピアにおいて,第20回アフリカ連合(AU)閣僚執行理事会に我が国代表として参加し,アフリカとの協力関係を強化するとともに,アフリカ各国外相及びAU関係者と会談を行う予定です。

 また,イスラエル及びパレスチナ自治区では,我が国と各々との関係に加え,中東和平をはじめとする地域情勢につき意見交換を行う予定です。なお,本年,日本とイスラエルは,外交関係樹立60周年を迎えます。ヨルダンでは,地域情勢や同国との二国間関係につき協議を行います。アルジェリアでは,2010年12月,前原誠司外務大臣(当時)のアルジェリア訪問の際に立ち上げた政策協議の第1回協議を実施する予定です。
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 2012年 1月19日 やまねりゅうじメールマガジン 「ニカラグア訪問」「キューバ訪問」他

◇狸の来訪(12月29日)

 狸なのか犬なのかよく判らなかった。わが家の裏庭で眼を細めるように日なたぼっこしている生き物がいた。
私が第1発見者で家族を呼び総出で確認したが、“狸”という事で認定が一致した。孫の朱里(アカリ)は、
興味津々だったが少し怖がり、私の手をギュッと握り続けていた。狸は少しビクビクしていて近づくと隣の自
動車解体屋さんに置いてある中古車の下に直ぐに逃げ込んでいった。そこで家に入り、とり敢えず小さな鍋に
水を入れ、餌としてパンを持って再び庭に出た。日なたぼっこしていたところに置いて家の中で暫く時間を過
ごしてから庭に戻ってみると、パンが少しかじられていた。

 娘の史子がインターネットで好物を調べた上で、更に、人参とハム、チーズパンを差し入れした。我々が見
ていると逃げ出してしまうので又、家の中に戻り暫くして見に行ってみると、人参には全く手をつけず、ハム
とチーズパンを完食していた。

 私は家族の前でポーンと「狸を家で飼えないものかね」と言ってみたが、先ず反対の烽火(ノロシ)を上げ
たのは華美(ハナ)だった。乙女チックな夢見る少女型のハナにとっては、“狸”はちょっと自分の好みとは
違うようだった。妻は「どうやって飼うの」というから「家の中ではどうだろうか」と言ったら、「野生なん
だから無理でしょう」と娘に言われてしまった。狸の寿命はどの位なのか判らないが、長寿だと私の寿命との
かねあいもあり、散歩も危うくなり『やはり無理か』と一人ごちた。

 精々、食事は来訪の時、提供してやるようにしようと思う。


◇ニカラグア訪問1(1月9日)

 ニカラグアのオルテガ大統領の就任式典に出席する為、空路乗り換えとなった米テキサス州ヒューストン空
港で4時間程の時間が空いたので、世界一の規模と言われるテキサス・メディカル・センター(以下、TM
C)を視察させてもらった。日本では医学生でしか経験できないであろう手術室でのオペを2階のガラス越し
に生で見せてもらった。

 我々が伺った時はちょうど肺の移植手術が行われていたところだった。因みに手術代はいくらかかるのか質
問したら、日本円で3,000万円位だそうだが、保険等により患者負担はその半額程度だという。それでも、
誰でもが施術してもらえる金額ではないだろう。

 TMCは約4平方KMの敷地を持つ医学研究・医療施設群であるが、最初から今の規模が設計されていた訳
ではない。次第に病院建設が個々に、この地域に自然と集積されていった、とのことである。日本人医師も2
00〜300人働いているが、ほとんどは2年程、研究してここを去っているとのことであった。21の教育
研究機関、14の病院を擁するTMCは9万3,500人の職員が働くビックセンターであった。

 さて、ヒューストンを発ちニカラグアのマナグア空港に到着し、飛行機を降り空港内に入ると、いきなり何
台ものテレビカメラが私に向けられ、政府要人らしい人が私に握手を求めてきた。サントス外相であった。気
さくで人懐こい方で、まるで10年来の知己にでも会うような振る舞いであり、私も不意を突かれた感じだっ
たが、すぐに打ちとけることができた。ロビーの一角のソファーで膝が文字通り触れるように隣り合って座り、
2国間関係の話をその場でさせてもらった。私も外相の膝を直接たたきながら話が出来た程、直ぐに和めたの
は、外相の人柄故だったろう。そして多分この方は私と同年代くらいかと見たてたことにもよる、しかし実際
には私よ10才年上であった。日本で外相の資料は読んでいたが、早くて翌日の会談となるだろうから、ホテ
ルに入って夜にでも改めて復習しておこうと思っていたが、結局、空港での出迎えで不意を突かれ、資料に眼
を通し事前勉強もできず、私の目算は狂った。

 それでも必要最小限の話だけはできたように思う。

 日本のシバサキ大使が会談場所までの数分の間、歩きながら国と外相のプロフィールを耳打ちしてくれたのも助
かった。

 シバサキ大使は川越の出身で、しかも川越と合併前の旧村で言えば正に隣村同士ということが分かりビックリし
た。しかも、同学年である。ご縁というしかない。


◇ニカラグア訪問2(1月10日)

 ニカラグアはオルテガ大統領の就任式に出席することが主な目的であったが、在留邦人の人達との懇談もさ
せてもらった。この国には、日本の進出企業は自動車部品をつくっている矢崎総業だけなので、法人からは1
人、他は現地でボランティア活動をしている青年海外協力隊の方々等であった。中南米ではハイチに次ぐ貧困
国であるこの国での活動については苦労も多いことだろうが皆、この国を好いていることが言葉の端々から理
解することができた。今、日本の若者が世界でボランティア活動を展開しているが、その6〜7割は女性では
ないだろうか。

 この国で起きたことではないが、折角のボランティア活動ではあるが、女性故の悲劇も現実にはかなり起き
ているという話も関係者からは聞こえてくる。具体的には、世界各地で現地男性からの強姦を受け、妊娠させ
られるという事件があちこちにあり、中にはその事を苦に生命を絶ったという話も聞いた。
 JICAの活動、青年海外協力隊の活動は高く評価され日本の世界への貢献とそれに対する感謝と敬意は、
単にODAが事業展開するだけでは得られない評価を確実にわが国にもたらしている。現地で献身的に活動す
る若者もやがて年を重ねてくる訳で、私は彼女等、彼等の貢献にふさわしい第2の人生のステージ、就活に対
し、制度的のその恩に報いることができないか、帰国してから改めて考えてみたいと思う。

 扨(さて)、オルテガ大統領の就任式典が始まる前、控室では中南米を中心とする各国の要人と挨拶を交わ
した。ニカラグアのオルテガ大統領はもちろんのこと、グァテマラのコロン大統領、スペインのフェリペ皇太
子、そして今、欧米が強く核開発問題で注目し批判しているイランのアフマディネジャード大統領とも言葉を
交わした。しかし、ごった返した会場では、とても核問題に対する意見を申し上げるタイミングをとることは
出来なかった。

 我々は、式典の始まる20分程前に壇上に案内されたが、演出効果をたっぷりと狙い、最後に入場してきた
のは、オルテガ大統領とベネズエラのチャベス大統領であった。チャベス大統領には会場から盛大な拍手が沸
き、この国との特別な関係を弥が上にも見せつけられる思いがした。私は副大統領のハレスレーベンス氏との
会談では、ニカラグアの現在とこれからにつき、欧米の見方を敢えて紹介する中でかなりの辛口の発言もさせ
て頂いたが、副大統領は真摯に耳を傾けてくれていた。その背景には日本への高い評価、期待があるのだと思
うが、西側陣営では唯一の本国からの特使として私としても言うべき事は、発言させてもらおうと密かに決意
していたので、かなりの事は言わせてもらった。


◇キューバ訪問(1月11日)

 11日、パナマを経由してキューバのハバナに到着し、ホテルから直ぐに、メディーナ外務次官との会談に
挑んだ。外務省No2の立場にある事務方トップの同氏は能吏といった感じのエリートで、話っぷりがテンポ
よく、「あまり時間がないので、会談は簡単に切り上げ、明日、昼食を共にしながらじっくり議論しましょ
う」といっていたが、実際にはかなり突っ込んだ話となり、私からは申し上げたかった大宗は主張し、発言さ
せてもらった。外交上の話であり、詳細は書けないが率直に双方の関心事項は話し合うことができたと思う。

 私からは敢えてフェビアン協会のことに触れながら、キューバのこれからの社会主義の選択などについても
聞かせてもらった。
 翌日、再びメディーナ次官と食事をしながら話し合ったが、かなり波長が合い、楽しい時間を過ごすことが
できた。

 又、午前中、ハバナ市内にある日本では老健施設といったところを私からの強い希望で視察させてもらった。
ここでは、私のライフワークとでも言う統合医療についてのキューバに於ける実情を聞かせてもらった。キ
ューバでは、革命軍によって自然療法等が研究され、その効果が実証されてから広く一般に普及させていった
とのことで、法整備も90年頃から徐々に整えられつつあるとのことであった。医師も西洋医学と代替医療を
別々に学ぶのではなく、一緒に融合させたカリキュラムになっている。

 日本や他の統合医療先進国と同じように花のエキス、モグサ、指圧、鍼、温泉などを活用しているが、キ
ューバ独自の代替医療もいくつかあるようで、水や蜂蜜も使われている。アフリカや中国から奴隷として渡ら
されてきた人々からの伝承療法とキューバの伝統医療が融合したものが今日のキューバの医療に根付いてきた
のだという。

 口腔外科でも高齢者で麻酔薬の投与では身体に負担が大きいとされる場合は、鍼で痛みを和らげたり、施術
への不安を緩和する為にハーブも有効なのだと説明された。2008年には、大きなハリケーンが2度ハバナ
を襲い、キューバ人が本来持っている開放的で明るい気質が毀損し、鬱病となった人もかなりいた。その時、
花のエキスを嗅がせて多くの人を救えた、と語ってくれた。私は、日本での同様の成果を見てきている。それ
は、3月11日の日本での震災でも同じような事態が発生し、統合医療の医師や介護士により展開したやはり
ハーブ療法で、仙台などでは大きな効果が認められている、という事実である。

 さて、3.11でもキューバ政府は日本に対し、医療派遣団の申し出をしてくれたが、日本側の都合で受け
入れ実現には至らなかったが、自然災害の折、積極的にキューバは世界各地に統合医療チームを派遣し、パキ
スタンでの地震災害等でも、成果をあげてきたという。

 現最高指導者、国家評議会議長のラウル・カストロは、「自然、伝統医療は現代医学の発展の為に必要なも
のである。貧しい故の代替医療としてではなく、より有益な選択肢として認識する」と語り、兄である歴史に
名を刻むフィデル・カストロは「自然・伝統医療が発展している。そして重要性は認識されている。自然、伝
統医療によって革命が起きている」と語っているが、これはキューバ一国の事象だけを指している訳ではない
だろう。

 又、私からは伝統医療で癌に効く有効な手立てはないか聞いて見たが、まだ確たる有効性をもったものは無
いようであった。それでも微生物の活用や生姜のエキス、サソリの毒などを抽出し、研究を進めているところ
だという。
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