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藤井裕久元財務大臣の発言

更新日付:2016.05.22

 今朝、早朝のテレビ番組 時事放談
で舛添都知事の件に関し、もう都民の信は離れてしまっている、という意味で「同じことを言っても信頼される人と、そうでない人がいる」と藤井先生は語っていたが、思い出したことがあった。もう12年前のことになるが、参議院選挙の公示直前になり、もう候補者が決まっていて運動が本格化している時点になって全く唐突にもう一人埼玉選挙区から立候補させろと党本部から言ってきた。当時県連の幹事長をしていた私は猛反対し続け党本部も困り果てていた。そこに調整に来られたのが、藤井先生だった。この新たな候補者を押し付けてきたのは、小沢先生であることは明白だった。なんとなれば、候補者は小沢塾出身であり、本部に私が「なぜ今の時期に無理を押し付けてくるのか」と何度詰問しても関係者は口をつぐんでいたいたからである。誰しもが無理な話だと分かっていた。それを強引に持ってくる人は小沢先生以外考えられなかった。
 藤井先生は小沢先生の懐刀的存在であり、当時側近であった。「幹事長(わたし)の気持ち本当にわかるよ。申し訳ない。謝るよ。本当に苦労かけご迷惑をかけてしまうね・・・」
といった言葉を私にかけ続けたうえで「そこを何とか・・・・」と言って私を丁寧に説得された。私は細川律夫代表とともにやむなく了承せざるをえなっかたのだが、人格識見ともに高みにある藤井先生だったからこそ呑み込めた話で、ほかの方だったら私は細川代表とともに最後まで突っぱねたに違いなかった。藤井先生こそまさに人物だった。
 今朝、あの時の記憶がまざまざと蘇った。

運動会見学の3条件

更新日付:2016.05.21

 「ママ(母親)とお母さん(祖母)は良いけど、爺君は・・・」といって出されたのが、1、声をかけないこと  2、大きな声を出さないこと
3、ジッと見つめないこと の3条件であった。仕方なくこれを受け入れることとし、朝の入場行進だけを見てきた。二人の孫と顔をあわせぬように

ゴミの日

更新日付:2016.05.20

 我が家では私がゴミ係であるのだが、私が泊りで出張の時、ゴミ出しの日にあったていると家族は大慌てしている様子だ。6人の大所帯家族なのでゴミの集積所の中に1番ゴミを出しているのがうちだと思う。犬猫も3匹いてその分ごみ量も加算されている事情もある。今朝、私がいないので「昨日の夜からゴミの整理で大変だった」と娘の史子が言っていたが、週3回超のゴミ出しの大変さを解ってもらえたのではないかと、私は内心「よっしゃ~」の気分である。

社民党と民進党の合併

更新日付:2016.05.19

 社民党の吉田党首が合併を断念したと報じられた。政策や理念以前に実務的な面で大きな困難が一つあるのだと私は思う。それは資産だ。社会党は1955年の結党であり歴史ある政党であり党本部をはじめ地方でも借用でなく自前で県連事務所などの資産を持っているところがある。この資産整理は地方によって複雑な権利関係があると思われ一朝一夕に処理することは困難だろう。吉田党首はこの辺の事を承知していたかどうかわからないが、事は容易ではないはずだ。
 余計なおせっかいと嫌われそうだが、今後も社民党は存否の危機に立ち至ったとき、改めて資産の処理を巡って喧しい議論が党内で起こってくる可能性があると私は見ている。

秘書 スタッフの大きな役割

更新日付:2016.05.18

 今回の都知事の事、田母神さんの件、政治資金の扱いの事は秘書などの役割が極めて大きい。1億円を超える金額を議員自身がチェックするのは現実にはかなり困難だと私は思う。もしできるとするなら公務など仕事を大きく削らなくてはならないだろう。追及を受けた件の人がマスコミなどの追及で「これからは私がしっかりチェックしていきたい」と答えざるを得ないが、現実からは乖離した話だ。
 政治家の交際費については一般的に議員活動の実態は情報収集や人脈作りに飲食は欠かせず、相手方の事を考えれば政治資金で計上しにくいことも多く、政治家は多分自己負担している部分がかなりの金額に上るのではないか、そんな一方の事情もあることは確かで政治家の本音の部分では複雑な思いがあるだろうだ。もちろん私的な支出を政治資金で使うのは論外であることは付言しておかなければならない。
 議員本人の考えにもよるが、政治資金の処理は信頼できるスタッフにしっかりチェックしてもらうのが一番だと思う。その際、公私混同の考えが議員本人にあるとスタッフの会計処理も中途半端な扱いになってしまう可能性がある。また、政界通の人たちから「あの秘書さんは・・・・」と訝られている人を知らずに雇ってしまった時は要注意である。

蜷川幸雄さん死去の報に接して

更新日付:2016.05.17

 埼玉県民は偶々、川口出身という縁を得て、蜷川さんにさいたま芸術劇場で高齢者による劇団を立ち上げていただき、多くの高齢者に夢や希望、励ましを与え続けてもらうことができた。テレビで葬儀の模様が伝えられていたが、埼玉の高齢俳優のインタビューが少しでも流れてほしかったと思う。それで蜷川さんの新たな社会への貢献が改めて全国的にも知られることとなった筈だ。
 女優の太地喜和子さんが生前、蜷川さんに「お願いですから俳優をやめてください。それでないと私は蜷川さんを尊敬できなくなりますから」と俳優をやめ演出一本の人生を迫った、という話をされていたのを思い出す。俳優としては1流には届かず、演出家として超1流と見抜いての進言だったのだろう。演劇人としては全く未知の人であった小栗旬、藤原竜也を早くから見出し育てた慧眼も又、蜷川さんの超Ⅰ流の証だ。
 歌手の五木ひろしを見出した山口洋子さんは、テレビの10人抜き歌番組で「この人には男の色気を感じます。…・私しかわからないかもしれませんが」とその時評していたのを覚えている。この番組で10人勝ち抜きを達成しⅠ流の歌手としての階段を駆け抜けていかれたわけだが、あの時、私には五木さんの色気なるものが全く理解できずにいたが、その後の活躍ぶりから次第に解るようになってきた。各界の超1流といわれる人々には若手の可能性を見出し、引き出す才能も又、備わっているのかもしれない。
 CAT:1

三文の徳  得?

更新日付:2016.05.16

朝の散歩でほぼ毎日訪れているテニスコートの庭。この庭の小さな木立の空間は日々変化する様々な生きる者たちの息吹があふれている。さほど広いわけではないが、静かに瞑想しているとき思いがけない光景に出会うことが度々である。論語を毎日読む人や、朝夕お経をあげるお坊さんがおなじ典籍を毎日読んでいても新たな発見や、感動を味わえるように。

庭には半径5~6Mの池が掘られているが、その池の水面に身を乗り出すように柘榴(ざくろ)の幹が突き出ている。今、少しずつ真紅の花を咲かせ始めてきたこの古木は、布を絞ったように幹が何層にも捻じれている。同じく池の辺りに巍々として大木に育ちつつある欅(けやき)の繁った葉の間から差し込んでくる朝の光が、風に揺れる葉に弄ばれるように柘榴の幹の上をクルクル回る走馬灯みたいに明暗を繰り返しながら、撫でるように揺れている。
見様によっては艶めかしくも移るこの老木の幹の上の光の動きは、暫し妄想を掻き立てる妖しい囁きのようにも思えてくる。光は直線でもなく、歪みでもなく、曲線でもなく融通無碍、自由自在にこの社会で営みを繰り広げている。
さあ~今日も癒しの光を受けながら、オルグに出発としよう。
CAT:1

舛添都知事の政治資金問題から

更新日付:2016.05.14

私が代議士の秘書となったのは昭和45年であり、小沢一郎、羽田孜,渡辺恒三
といったそうそうたる政治家が昭和44年に当選されて数か月経った頃である。当時、私が仕えたのは旧民社党の代議士であった。それでも他党の秘書の人たちとも若干の交流はあり、様々な情報は届いていた。衆院の秘書は約3年、参院の秘書は6年勤めてきたので生々しい裏情報とやらも嫌でも耳に入ってきた。
そこで一番感じたのは、与党と野党の政治文化の違いであった。衆議院解散となれば県会議員にはいくら、市町村議員にはいくら、といった金が与党では当然のようにばらまかれていたという。また、秘書も無給で仕える人もいたが皆、世話活動で自ら収入を得ていたようだ。つまり今でいう口ききということだろう。さらに地方議員に立候補する際にも地元代議士にお包みを届けたりするのも当然のこととして行なわれていたようだ。しかし、世間も当時、マスコミも含め政界とはそんなとこ、といった受け止め方をしていて問題視する人はいなかった。政治家と金の許容基準は法律以前に時代の風潮によって大きく変わってくる、というのが本当のところだろう。都知事とは参議院の同期生であり、私にとり身近な人なので批判しづらいが時代感覚が少しずれていたのかもしれない。
世界でも日本でも格差解消の決定打は情報開示にあると思うが、一部の人の醜聞で世間は批判眼で政治家の金銭問題を扱いがちだが、この際、全体を俯瞰しどの程度の政治家を国民は求めその代償として、どの程度の報酬を拠出すべきなのかを冷静に客観的に検討してみてはいかがなものだろうか。

オバマ大統領の広島訪問について

更新日付:2016.05.13

 とても大きな一歩だと思う。核軍縮・廃棄の視点からも、日本国民の歴史認識の上からも、今後のアメリカ国民の歴史認識の上からも、大きな大きな前進だと思いたいしまた、そう努力していくべきだと思う。外務副大臣になる前から、ずっとホワイトハウスに手紙を送り続け、大統領の広島訪問と被爆者のホワイトハウス訪問を実現させてほしいと要請してきた政治家として今回のニュースはとてもうれしかった。その意義については、全ての両国国民の思いを今、表さなくとも訪問するそのことだけを評価しておけばよいのではないか。いずれ、あの訪問が大きかったと歴史家が評価する日が来るものと思いたい。
 CAT:9

中央政界のこと

更新日付:2016.05.12

 政界再編の折、いつも影のように静かに流れを作り、形を作り、支えていく憂国の人々から「新しい日本の創成について君の意見を聞きたい」との御下問があり、率直にお話しさせていただいた。今までと自分でも驚くほど視点が移り、地方から中央政治を見る目になりつつあり、国づくりも従来になかった発想が私の中に芽生えつつあるのが、自分でもうれしい。

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